刀 銘:上総介藤原兼重
(かずさのすけふじわらのかねしげ)
(金象嵌銘)寛文五年九月廿三日
(一六六五年)
貮ッ胴切落 山野勘十郎久英(花押)
Katana:Kazusanosuke Fujiwara Kaneshige
新刀・武蔵 江戸前期
甲種特別貴重刀剣認定書
探山先生鞘書き付き
刃長:71.5(二尺三寸五分半) 反り:1.1 元幅:3.09
先幅:1.90 元重ね:0.69 先重ね:0.49 穴2(内1埋)
時代打刀拵え(全長・102、柄・25卯の花蛇腹糸巻き 縁・頭、朧銀地据え紋象嵌牛・仙人図 目貫、赤銅地金色絵布袋図 鐔、鉄地丸形据え紋象嵌武者図 鞘、茶石目塗り 下げ緒、茶)付き。
【コメント】
上総介兼重作、典型的数珠刃を焼き、金象嵌截断銘の入った同工代表作です。
上総介兼重は名を辻助右衛門と言い、越前出身と言われる和泉守兼重の子又は弟子と云います。伊勢藤堂家の抱え鍛冶で、兼その活躍期は、明暦(一六五五~五八年)から延宝(一六七三~八一年)頃です。虎徹と同時代であり、作風も互の目の連れたいわゆる数珠刃を得意としていますが、虎徹に先立って万治四年(一六六一年)には、完全なる数珠刃を焼いた作品を残していることからも、虎徹の数珠刃に大きな影響を与えたのが、兼重であることは想像に難くありません。
またこの頃は戦国時代が遠い昔となり、平和を謳歌する世と成りつつありましたが、江戸は幕府のお膝元、あくまでも武用が重んじられ、虎徹、康継、安定、法城寺一派などが、その斬れ味を追求した刀剣製作を盛んに行いました。
本作は典型的な寛文新刀姿で、細やかな地景を交えた精美なる小板目肌、同工の典型とも言える数珠刃を匂い深く焼いており、互の目足深く入り、砂流し掛かる見事な出来です。本作には互の目を一つ二つと繰り返し一定のリズムで焼く、同工の手癖が見受けられ、一つの見所でもあります。また江戸前期の試し斬り名人、山野勘十郎久英が貮ッ胴切落の金象嵌銘を刻んでいます。その凄まじい斬れ味は、武用を重んじる江戸武士の好みに適った一振りです。身震いする程の緊張感が伝わってくる、同工中の白眉と言える優品です。